将来、起業して会社を設立した場合に社長としての仕事に不安を抱いている方も多いのではないでしょうか。実際、社長の経営方法が会社の命運を左右するため、社長が「ダメ社長」といわれるような仕事しかできない場合、その会社の未来は明るくなりません。
そこで今回の記事では、会社の社長の仕事に着目し、会社設立後から学びたい社長のあるべき仕事や役割について解説します。会社の社長の主な役割と仕事の内容、ダメ社長の特徴やその弊害などを紹介して、起業に成功するための社長像を明らかにしていきます。
社長の適正な仕事や役割を把握したい方、ダメ社長と言われたくない方、会社を潰したくない方はぜひ参考にしてください。
1 会社の社長とは
まず、世間一般で使用される「社長」や株式会社の「代表取締役」の内容や、その違いなどを説明しましょう。
1-1 世間一般の「社長」
世間一般で使われている「社長」は会社法で定められている株式会社の「代表取締役」と異なり、法律で定められた役職でも呼称でもではありません。
もちろん株式会社の代表取締役社長も世間一般でいうところの「社長」に該当しますが、「社長」は日本の商習慣上での事業組織の最高責任者を指すケースが多いです。また、社内の職制上の役職であるため個人事業主が「社長」と名乗っても問題ありません。
法人化していない企業は多数あり、非法人でも規模の大きい企業などの代表者が「社長」を名乗るケースは少なくないです。ただし、「社長」が法人組織の責任者と思っている人も多いため、個人事業主が社長を名乗る場合自社が株式会社等と誤解されないように配慮することも必要になるでしょう。
なお、会社の職制では「会長」「社長」「副社長」などがありますが、これは会社法で規定されているものではなく、会社ごとに定められる業務執行を担う役職です。
また、英語の場合、社長は「President」として表現されることも多いですが、日本語で「最高経営責任者」と訳されるCEO(Chief Executive Officer)を「社長」とする企業も少なくありません。
1-2 会社法の代表取締役
会社法第349条は「株式会社の代表」に関する法律です。この法では以下のような内容が規定されています。
1.取締役は、株式会社を代表する
ただし、他に「代表取締役」、その他「株式会社を代表する者」を定めた場合は、その者が会社を代表する
2.「取締役が2人以上」ある場合、取締役は、各自、株式会社を代表する
(「取締役会」設置会社では、「代表取締役」を定める必要があり、代表取締役が会社を代表する)
また、会社法第363条は「取締役会設置会社の取締役の権限」について以下のように規定しています
1.以下の取締役は、取締役会設置会社の「業務を執行」する
1)代表取締役
2)代表取締役以外の取締役であって、取締役会の決議で、「業務を執行する取締役」として選定されたもの
上記の通り会社法の規定では、代表取締役が対外的な会社の代表となり、業務の執行や会社を代表して契約締結などの権限を持つことになります。なお、代表取締役が社長との兼任や、複数存在してもよく、企業によって異なります。
また、社長は会社内部の責任者として業務を執行しますが、外部に対する責任者は代表取締役です。代表取締役が社長を兼ねれば内外に対する責任を負うことになります。一般的には「代表取締役社長」の形態をとる企業が多いです。
2 社長の主な役割と仕事の内容
ここからは主に「代表取締役社長」の役割と仕事について説明していきます。
2-1 代表取締役社長の法律上の役割と仕事
①会社の機関としての代表取締役
代表取締役社長は会社法上の「機関」の1つである「代表取締役」と、会社内部の規定で設置される「社長」、という2つの役割と仕事を担う存在です。
会社法上の機関とは、株式会社などの法人が行う「意思決定」「業務執行」「取引」などを実施する「自然人、自然人の集まり」あるいは「法人の行為をなす地位」を指します。
代表取締役以外の機関は、株主総会、取締役、取締役会、会計参与、監査役、監査役会、会計監査人です。なお、委員会設置会社(監査委員会、指名委員会および報酬委員会の3つの委員会を置く株式会社)の場合、株主総会+取締役会+委員会+執行役+代表執行役+会計監査人、といった機関の構成が多く見られます。
機関設計パターンは多数ありますが、主要なタイプとしては、「株主総会+取締役会+監査役」が多いです。この場合、「株主総会」で経営者である「取締役」が3名以上選出され⇒「取締役会」が設置され⇒「取締役会」で、業務執行者の「代表取締役」が選出される、という流れになります。
なお、代表取締役の業務執行に関しては、「取締役会」が監督し、「監査役」が監査を行い、その結果が株主総会に報告される、というチェック機能が働きます。形式的には代表取締役が会社の業務を好き勝手にできない仕組みとなっているのです。
②代表取締役の権限
会社法第349条と第363条では、代表取締役は株式会社の業務に関する一切の裁判上または裁判外の行為をする権限、取締役会設置会社の業務を執行する権限を有すると規定されています。
前者の権限では、代表取締役が対外的に会社を代表し、その対象は会社の全業務で、代表取締役の行為は会社の行為として認識されるのです。また、代表取締役は裁判上の行為をする権限を有するため、会社のために訴訟行為を行えます。
加えて代表取締役は裁判外の行為をする権限を有するため、会社の業務等に関して第三者との契約ができます。たとえば、代表取締役が会社の業務等に関するために行うことを示し、署名または記名押印すれば、会社として契約を結ぶことが可能です。
後者の権限は会社の業務執行に関する権限になります。業務執行とは、会社の業務に関する事務を処理することです。具体的には、他の会社や他者とモノ・サービスの売買や貸借に関する契約をしたり、会社内の移動・配置等を決定したりすることが該当します。
この業務執行は社外的行為と社内的行為に分かれ、社外的行為に関しては、代表取締役は代表権を行使した対応になるわけです。社内的行為については、代表取締役が業務執行取締役や使用人を管理・調整し、会社の業務が適切に遂行されるようにすることです。
2-2 社長の業務執行の概要
ここでは代表取締役社長も含めて社内で「社長」という地位が設けられている場合のその業務執行の内容を確認していきましょう。なお、社長の役割や仕事の範囲・内容は、各企業で異なることも多いです。
一般的にその主な内容は、株主総会や取締役の議事録、株主名簿や財務諸表の作成、株券への署名押印などのほか、会社の事業計画の実施、資金調達、人的資源管理、マーケティング活動、製品の製造・販売、サービスの提供、などの各種の業務を適切に実施させることになります。
業務執行の内容は、法令や定款で株主総会の決議事項とされたものを除き取締役会が決定することになっていますが、業務執行の決定を代表取締役等に委任することも可能です。経営の迅速性の観点から日常業務関する事項については代表取締役に委ねられるケースが多く見られます。
そして、そうした決定された事項を社長が取締役や社員を統括して実施していくわけです。
取締役会の業務執行の主な決定内容は、基本的な経営戦略や経営計画の決定、年間の予算構成の決定、マーケティング戦略、製造戦略、人事・労務管理、といった策定などになります。こうした決定内容を受けて社長は対応する各種の業務を進めて行くのです。
なお、以下の重要な業務執行は取締役会での決定が必要になります。
- ・重要な財産の処分および譲り受け
- ・多額の借財
- ・支配人その他の重要な使用人の選任および解任
- ・支店その他の重要な組織の設置、変更および廃止
- ・募集社債の金額その他の社債を引き受ける者の募集に関する重要な事項として法務省令で定める事項
- ・取締役の職務執行が法令および定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして、法務省令で定める体制の整備(大会社である取締役会設置会社では、法定義務)
- ・定款の定めに基づく取締役、会計参与、監査役、執行役または会計監査人の会社に対する責任の免除の決定
2-3 社長の仕事の本質
ここでは代表権を持って社長の任に当たる者の仕事の本質を見ていきましょう。法的な責任を負って会社の最高責任者となる「代表取締役社長」は、会社を持続させ発展させていくことが要求されます。つまり、会社を持続・成長させることが社長の仕事・役割です。
大企業等の場合、重要な意思決定は株主総会や取締役会で決定され、その内容を受けて代表取締役社長が業務を執行する形態となります。しかし、一般的には代表取締役社長が主導して重要事項が決定されるケースが多いです。
つまり、多くの会社で重要な事業方針や戦略・計画などが代表取締役社長の意思のもとに決定され実行されています。代表取締役社長が会社の株式の過半数を保有する中小企業等においては、その傾向はより強いです。
会社の持続・成長は、業務執行の内容とその実施結果に依存するため、その両方に大きく関わる社長の仕事の結果により会社の命運が左右されます。
従って、社長の仕事は、会社の持続・成長のために会社の目的・目標を定めどのような事業を行うかを決定し、適切にそれらを業務として実施させることと言えるのです。
以上の通り社長の仕事は広範囲となることから自分の一人ですべてを担うのは現実的ではありせん。そのため、取締役や社員を上手く活用して業務を分担して進めることが必要であり、そうした組織体制の整備や管理なども社長の重要な仕事になります。
2-4 社長の具体的な仕事
社長の役割は会社を持続・成長させることです。そのため社長の仕事は、ビジネスモデルから具体的な事業を計画し必要な資源を確保・配分の上、組織を編成・管理し業務を推進して目標を達成することが求められます。
なお、社長の仕事が、会社の状況(規模や成長段階等)によって異なることに留意しましょう。
①理念・ビジョンの提示
社長が創業者である場合、会社設立時に企業としての理念やビジョンを示すのが一般的です。理念は、その企業が何のために事業を行うのかを示すもので「企業理念」「経営理念」「ミッション」「社是」「社訓」などで示されます。
具体的には、自社が何を大切にして事業を行うか、事業にどのような思い入れやこだわりがあるか、どのような価値を社会・顧客に提供するのか、などを短い文章でまとめたものになります。
こうした会社の理念は会社(社員)の行動原理や価値基準となり得るため、会社の創業者や社長が決定することが多いです。しかし、理念の内容が抽象的・曖昧的であったり、共感を呼べないものであったりすると、そうした機能は期待できません。
ビジョンは、その企業が理念に基づき事業活動を通じて将来的に実現したい内容や状態を指すもので、一般的には「事業ビジョン」などとして設定されるケースが多いです。
たとえば、将来、どのような事業を行っているか、どの程度の事業成果を得ているか、など将来の事業の方向性をビジョンは示します。そのため、社員はビジョンを業務上の羅針盤として利用することができ、誤った方向へ進むことが防止できるのです。
このように理念やビジョンは会社が進むべき方向性、従業員が取るべき行動などの基準となるため、会社の最高責任者である社長により適切に定められることが求められます。
②ビジネスモデルの考案
社長が創業者である場合、最初のビジネスモデルを考案し事業化を進めるケースが多いです。ビジネスモデルとは、顧客を設定し、彼らが欲するモノやサービスを揃えて、彼らが望むように、そして、ライバルに勝てるように提供するためのビジネスの形態や仕組みのことです。
つまり、ビジネスモデルはその会社の事業の基盤となる部分と言えます。最初のビジネスモデルがそのままの形態で継続されることもありますが、経営環境の変化に伴い修正されたり、抜本的に変更されたりするほか、まったく別の新しいモデルに置き換えられることも少なくありません。
従って、環境変化に対応して会社が発展できるようにビジネスモデルを修正したり、変更したりすることが社長の重要な仕事になっているのです。科学技術の進化や消費者の購買行動の変化などが激しい現代において、1つのビジネスモデルが長期に渡って持続するのが難しくなっています。
社長は、ビジネス環境の変化に注視しながら自社のビジネスモデルの限界を見極め修正・変更することが求められているのです。もちろんその作業は、社長自身だけでなく社員の力を借りながら進めなくてはなりません。
③ビジネス方針や戦略の策定
ビジネスモデルを具現化するためには、一定期間でのビジネスの方針や戦略を策定する必要があり、これもまた社長の重要な仕事です。
事業ビジョンに基づいて一定期間での目標を定めそれを達成ための事業活動の方針や主な行動内容を決定していくのが事業方針と戦略の策定ということになります。
企業全体の戦略の策定では、ビジネスモデルを踏まえて、まず、事業に影響する外部要因や内部要因について分析・評価の上に事業領域(事業を展開する領域)、すなわち、「誰に対して何を提供するか」を決定しなければなりません。
そして、ターゲットが満足できるように、競合他社に勝てるようにモノ・サービスの組合せを考え、それを実現できるように経営資源を確保・配分する必要があります。この一連の作業が戦略策定であり、社長は事業を効率的に成功へと導くためにこの戦略を作り実行していかねばならないのです。
この作業も社長だけで行う必要はないですが、戦略は事業推進上の羅針盤や航路図ともいうべき存在であるため、社長が主導して進めることが求められます。
④経営資源の確保
戦略の遂行には各種の経営資源が不可欠となるため、それらを適切に確保していかねばなりません。経営資源は多岐にわたるため、各部門の担当者などがその確保の任にあたりますが、重要な資金調達、人材採用や取引先の確保などは社長の仕事になることも多いです。
特に会社設立前後の時期においては、社員も少なく限られるため、この分野での社長の役割は大きくなります。資金調達は、その成否が事業化に大きく影響するため、また、公的金融機関や銀行等と直接交渉する必要もあるため、資金調達を社長自ら担うケースが多いです。
人材採用については、新設会社の場合その実施は容易ではありません。小規模な新設会社が入社説明会を行っても人が集まらず、応募に至らないケースも少なくないです。
しかし、社長が入社説明会などで自社の経営・事業に対する思い、社会や社員への配慮・思いやり、などをアピールすることで採用に繋がることもあります。
また、重要な販売先や仕入先の開拓に関しても社長自らがアプローチして交渉する方が成功確率は高くなるのです(トップセールスの効果等)。このように経営資源の確保も、社長が担当した方が効果を得るケースも多いため、社長の重要な仕事になります。
⑤計画の策定と実行
戦略に基づき短期・中期の経営計画や事業計画を立案し実行させていくのも社長の仕事です。経営計画は企業全体の計画で、事業計画は各事業に関する計画ですが、事業が単一の会社の場合は経営計画=事業計画ということになります。
計画は戦略に基づき、誰が、何を、何のために、いつ、どこで、どのように行うか、5W1Hの視点で明確に示し、目標値・予算と行動内容を設定することが重要です。
計画の策定では事業の成長に伴い範囲の拡大や複雑化が生じるため、全体計画については企画部門などの専門部署が担当するケースも多く見られまです。しかし、それを指揮するのは社長であり策定に関与するべきです。間違っても社員に策定を丸投げすることは避けねばなりません。
そして、計画を作れば社員に実行させ、成果を得るという仕事が待っています。つまり、計画ができれば実行させて、かつ、目標を達成できるように導く必要があるのです。
社長の中には、「事業が計画通りに進まない」「社員が計画を実施しない」「計画の目標が達成できない」などと嘆く方が少なくないですが、こうした状況になるのは社長の責任であるという点を自覚し組織全体を適切にリードしましょう。
⑥組織体制の整備
会社として事業を実施していくために、社長は戦略・計画の目標を達成させるための組織を整備する必要があります。
組織編成では、事業内容やその目標達成に最適な部署を設置し、各部門の仕事の量と質に適した人材を必要数配置することが重要です。また、適材適所の人材配置を実施するためには人材確保(採用と育成)が不可欠であり、この分野における社長の役割は特に重要になります。
ほかにも各部門での業務が適切に遂行されるように指示命令系統を整えるほか、作業内容や処理手順などを示したマニュアル等を整備することも必要です。
⑦管理体制の整備と運営
方針、戦略、計画を決めて、それに基づく資源配分と組織体制を整えることができれば、計画に沿って事業を遂行できるようにマネジメントすることが求められます。つまり、社長には企業全体を適切に活動させるための管理という仕事があるわけです。
会社設立当初の規模の小さい状況下では、社長がすべての業務、社員の行動を管理することも不可能ではないですが、規模が大きくなるにつれて管理職・部門リーダーを通じた管理システムも必要になります。こうした仕組みを作るのも社長の仕事であり、自身が主導して構築せねばなりません。
たとえば、規模の大きい企業の場合、各業務、各部門の管理は管理職などの責任者、各事業については事業責任者を通じて行い、社長は最終的に企業全体の行動についての管理を担うケースが多いです。
マネジメント業務は数多くありますが、社長が特に重点的に取組むべき点は、業績管理、資金管理、労務管理と危機管理などになります。業績管理は、会社全体や各事業の活動結果を数値で把握した上で問題点を把握して解消し目標を達成させることです。
事業活動の結果は良くも悪くも数字として表れるため、経営者や管理職はこの計数管理の能力が不可欠であり、適切に実施していかねばなりません。特に目標値から大きく下がっている場合は、何が問題でどのような原因があるかを突き止め解消するための対策を講じる必要があります。
資金管理も重要です。黒字経営でも流入する資金が滞れば資金ショートに陥り倒産に至るケースも少なくありません。経営者は資金の流出入を毎月把握して不足する可能性を早めに把握できるようにして、余裕のある資金調達を可能にする必要があります。
労務管理は従業員が適正に業務に従事できるような労働の条件や環境を整備していくことです。日々の管理については、各業務部門のほか人事部や総務部などの部門に委ねるケースが多いですが、社長としては労務管理が適切に機能しているか、社員のモチベーションが適度に維持されているか、についての管理が求められます。
危機管理は、大不況の到来や自然災害の発生などに伴う倒産リスクに備える取組のことです。たとえば、地震が発生して自社のサプライチェーンが寸断された場合の対応、パンデミックによる既存のビジネスモデルの崩壊への対応、などを事前に想定して打開策を用意し実施できるようしておくことになります。
こうした会社の生命にかかわる危機への対応策を立案し実行できるようにするのが、社長の役割です。危機対応に失敗すれば会社の事業継続は危うくなるため、危機管理は社長の最も重要な仕事の1つと理解して取組まねばなりません。
3 ダメ社長の特徴とその悪影響
ここでは社長としてあってはならない態度、すなわちダメ社長の特徴とその悪影響について説明しましょう。
3-1 経営者として許されない特徴
社長であること以前に人として許されない行為を行う社長が時折見られます。具体的には以下のような行為です。
①パワハラ・セクハラ
社長が有する権力を背景とし、社員の体を触ったり、食事などに無理に付き合わせたりするなどのセクハラ行為をする社長が少なからず見られます。
平成の時代からセクハラ行為の防止が叫ばれ、その行為も減少しつつありますが、それが表面化すれば社長だけでなく会社の信頼やイメージが大きく損なわれてしまいます。何より被害を受けた社員が退職するような事態になれば人的資源の損失です。
パワハラは、昭和の時代から今日に至るまで多くの会社で見られる会社人の悪しき慣行と言えます。自分の気に食わない社員、命令に反抗的な社員、結果を出せない社員、などを対象に無理難題を押し付ける、下僕のように扱う、他の社員の前で妥当な理由もなく叱責する、といったパワハラが少なくないのです。
パワハラの被害にあった社員は退職に追い込まれるため、貴重な人材を失うほか、その退職に伴い業務の停滞や新たな採用活動の必要性なども生じます。つまり、余計なコストの増加に加え業務ロスによる業績の低下も懸念されるのです。
②不正・公私混同
会社の社長と私人としての立場を分けないで部下に接する行為は、社員から軽蔑の対象とされる悪しき態度です。具体的には以下のような行為が挙げられます。
- ・法律違反になりかねない取引・行為を行う
- ・仕入先等から社長個人への資金を要求する
- ・業務に関係ない個人的な旅費や食事代などを会社経費とする
- ・社員を社長の個人的な買物、休日での車の送迎などに使う
- ・気に入った社員を社内規定に関係なく厚遇する
- ・会社の資金を無断で流用する
こうした行為は組織に悪い影響を与え、法律や規律を守らいない社員が増えたり、イエスマンだらけの組織になったりする恐れが生じます。問題が社外に発覚すれば、社会からは信用を失い取引に悪影響がおよび、社内では離職の増加に繋がりかねません。
③社員の切り捨て
社長の中には社員を消耗品や捨て駒のように扱う冷酷な人が稀に見られます。たとえば、以下のようなケースです。
- ・長時間労働、連続の休日出勤などを強要する
- ・業績が良いにも関わらず昇給をしない
- ・病気や怪我で長期の休暇が必要となる社員を退職に追い込む
- ・会社の状況や社員の能力・経験などを考慮せず、高度な業務を押し付ける
こうしたことを行う社長は社員のことを、組織を動かし業務を担う重要な人的資源と認識せず、「賃金を支払えば命令に従う」駒として扱うため、このような会社は社員が正常に働ける環境にはなり得ません。従って、社員へ長期に渡る就業や貢献意欲を期待することができなくなってしまいます。
④自己中心的で無責任な態度
自分の利益・安全を第一として、自分の行動に対して責任をとらないどころか問題を起こした場合にはその責任を他者に押し付ける社長が時折見られます。具体的には、以下のような態度です。
- ・会社の業績が悪く赤字が続いていても社長報酬を増やす
- ・社長が思い付きで始めた事業や投資などが失敗に終わった時にその責任を他者に押し付け、降格や減給などの理不尽な処分を下す
- ・社員のアイデアで始めた事業が成功した時にそれを社長の手柄として公表し、その社員を評価しない
- ・経営全般や事業に関する方針については、社長の考えを優先し社内から反対があっても耳を貸さずその方針を進める
こうした態度を取る社長が存在する会社では、社員の離職やモチベーションダウンが続発し適正な業務遂行が困難になる確率が高まるでしょう。
3-2 経営者としての見識不足
社長が能力以前に経営者としてどうあるべきかについての見識が足りない場合、経営は安定を欠き倒産危機を高めやすくなります。ここではその点について説明しましょう。
①明確な理念やビジョンを示せない
会社の存在意義、事業に対する思い入れ、社会への貢献意欲、社員と協力した会社の未来、などを理念やビジョンとして示して、会社設立し事業を推進する会社は多いです。しかし、そうした共感を呼ぶ理念やビジョンを示さない社長が少なからず見られます。
理念は社員の行動原理等となり、ビジョンは事業上の行動指針となるため、それらの内容が曖昧であったり抽象的であったりすると行動の原理や指針としての役割が期待できません。たとえば、以下のような内容です。
- ・「お客には誠実に対応する」
- ・「社会に貢献する」
- ・「将来、事業を大きく成長させ企業を発展させる」
- ・「がんばる会社になる」
こうした理念は多く見られ、否定されるものではないですが、あまりに具体性に欠けると、「何を具体的に行うのか」「どう取り組むのか」「誰の心に響かせたいのか」といった点が不明になります。
理念が言葉として明瞭で価値のありそう内容でも心に残らない、伝わらない内容ではお飾りの謳い文句として扱われ、社員の行動原理等になり得ません。その結果、状況に応じて独自の判断で即応できる、いちいち説明を受けなくても会社の理念・方針に従ってアイデアを提案できる・行動できる、といった人材が育たず指示待ち人材しかいない組織になってしまいます。
②経営者としてやるべき事を理解しない
会社の業務執行責任者たる社長の仕事の内容や役割を十分に理解していない社長も少なからずおられます。2-4で社長の具体的な仕事内容を確認しましたが、そうした内容を認識せず取組まない社長が少なくありません。
先の理念・ビジョンの策定のほか、ビジネスモデル・事業指針の構想、戦略・計画の策定と実行、経営資源の確保、組織体制の整備と管理・運営、など社長の仕事は広範囲にわたります。
こうした仕事を他の取締役や社員を活用しつつ、直接・間接的に進めるのが社長の役割です。社長がこれらの仕事を怠れば、その部分で問題が生じ適正な経営ができなくなり会社の持続・成長が困難になってしまいます。
③保守的過ぎる
過去の成功体験や業界・会社の慣行を重視し過ぎて、チャンスを見逃しリスクを招く社長が時折見られます。たとえば、以下のような態度です。
- ・性能や品質を高めれば必ず売れると信じて作り続ける
- ・価格を下げればライバル会社に勝てると信じて価格勝負に終始する
- ・管理職は男性が担うべきと信じて女性を管理職に登用しない
- ・画期的なビジネスアイデアを社員から提案されても失敗を恐れ挑戦できない
過去の成功体験や古からの慣習・慣行には経営上の優れた要素もあるでしょう。しかし、それらが現在の環境、顧客の購買行動や法律などにマッチしないと、適正な業務遂行に悪影響を及ぼし業績の低下に繋がりかねません。つまり、それらに固執すると会社を危機に晒すことになるのです。
④状況の把握・分析が甘い
状況に対する認識が甘い、状況変化への関心が低い社長も多く、経営環境を客観的に分析・評価しないケースも見られます。
たとえば、自社の製品・サービスの販売の結果を期間比較や他社比較などで評価せず、市場環境や技術動向などの変化への注意を怠るケースが少なくありません。
製品・サービスの販売量や売上高・利益の数値が悪くなくても、自社の製品・サービスに置き換わる可能性のある新製品や新技術の登場といった変化が生じていることもあります。これらの変化は近い将来において、自社事業の脅威となり業績の低下や事業の停滞に繋がり、自社を危険な状態に追い込むこともあり得るのです。
3-3 経営者としての能力不足
社長としての見識があっても、実行するための能力がなくては社長の仕事は遂行できません。ここでは特に不足しては困る社長の能力について説明しましょう。
①計数把握力・分析力
社長は事業の状況を数値で把握し、どういう状態にあるかを分析・評価しなければなりません。つまり、社長には事業の状況を把握・分析できる能力が必須です。
たとえば、現代人は健康状態を把握するために、健康診断や診察を受けてそれを確認します。各種の検査データは各人の健康状態の判断材料とされ、各診断の数値結果により健康状態の善し悪しが判定されるわけです。
健康診断等の数値のように、会社の業績や財務に関する数値は会社の財務状況や事業の状況を示す客観情報であり、分析手法を駆使することで会社の健康状態を的確に掴むことが可能です。
また、会社の各種のデータを把握して分析すれば、問題点の発見⇒原因の特定⇒対策の立案・実施も容易になります。社長にこうした計数把握力がない場合、他者を使ってでも把握しない場合、会社のリスク対応は後手に回り危機のレベルを高めかねません。
②リーダーシップ力
社長は組織を動かし事業を推進させるために社員を導く能力が求められますが、不足している場合は問題の発生が多くなり会社の成長が阻害されます。
会社全体が目標に向かって一丸となって業務を遂行するほど、その達成確率は高まり持続と成長に繋がりやすいです。逆に事業方針、戦略や計画があってもその内容が遵守されず、各従業員が統制された行動を取れない場合、効率的・効果的な行動が取れず目標達成が難しくなります。
そのため社長は会社全体が目標達成のために計画された行動を社員がとるように導く必要があるのです。社員にとるべき行動を説明するほか、自らが取るべき行動の手本を示したり、見習うべき社員の姿を例示したりして彼らに行動を促すことが求められます。
また、 社員に行動を求める場合、そのためのインセンティブを提供するといった誘因策も必要です。インセンティブは報酬などの金銭的な手段だけでなく、表彰、仕事の裁量権の拡大、教育訓練の提供、権限移譲など様々なものがあります。
社長は様々なモチベーションアップとなる誘因を提供しつつ、彼らが目標に向かって自律的に進めるように導かねばなりません。
③マネジメント力
マネジメント力もリーダーシップ力と並んで重要です。社長がいかにリーダーシップ力を発揮して社員を目標へ導いても彼らの活動を確認せず放置しておくと望まない結果になりやすいです。
たとえば、最初は適正な方向へと社員が活動していても時間が経つにつれてその方向にブレが生じることもあります。状況が変わっているのに、今まで通りの活動をしていては成果に繋がるどころかミスや問題になることもあるのです。
ミスは放置されると頻繁に発生し、問題も大きくなり得るため、早めに発見して修正しなければなりません。そうした確認と修正という管理活動が会社には必要であり、そうした体制を構築して実施させるのが経営者の仕事です。
経営環境は随時変化するため計画内容の変更も適宜必要であり、それを組織として実施できるようにするマネジメントが社長に求められています。
3-4 倒産危機を招く態度
社長の仕事への取組み方次第で会社は倒産に追い込まれることもあります。ここではその注意すべき点を確認しましょう。
①低すぎる経営能力
社長の計数把握力、リーダーシップ力とマネジメント力が一定水準以下の場合、会社が倒産する確率は高くなります。
特に業績や財務状況に関する数値の意味が分からず、その数値に応じた経営ができない場合、倒産リスクは高まっていきます。業績が前月比で若干減少していても経営に大きな影響が生じないことは多いですが、年間や数年間といった期間の趨勢を見て大きな減少傾向が見られる場合は大問題です。
こうした状況では既存のビジネスモデルが通用しなくなっていて、大きな修正や抜本的な変更が必要になる可能性もあります。しかし、会社の活動結果や現在の財務状況に関するデータの意味がわからなければ、対策の必要性も認識されなくなるのです。
リーダーシップ力とマネジメント力も不足していれば、会社は統一的な行動がとれず、問題は大きくクローズアップされるまで放置され危険な状態に陥る可能性が高くなります。
②現場の実態を知ろうとしない態度
社長が各業務の現場の声に耳を傾けないと問題が把握できず、大きな危機を生じさせかねません。
会社の規模が大きくなり社員が多くなれば、彼らと直接会話する機会が減り、各業務の状況や結果などは管理職を通じて確認するケースが多くなります。会社の管理システムとしてはこうした方法も有効ですが、依存し過ぎると重要な情報が洩れてしまいリスクに繋がることもあるのです。
各業務の最前線、末端に従事する社員の情報の中には、重大なリスクや逆にビジネスチャンスに繋がる情報が埋もれていることもあります。 こうした情報を漏らさないための現場の声を汲み取る態度は必要です。
③危機対応能力の欠如
ここでの危機対応能力とは、危機の予防・予見・対処、危機到来後の回復、などを指します。会社にとっての危機は様々ですが、リーマンショック後の大不況、主要顧客の倒産、地震・火事・台風などの自然災害や新型コロナのようなパンデミックの発生などは最大のリスクに該当するでしょう。
こうした危機が一度到来すると会社の事業継続が困難になるため、事前にリスクの影響を評価して一定の対策を進めて、リスクの回避や影響の軽減を図らねばなりません。また、危機到来時には適切な対応が取れる体制や仕組みを構築しておくことも必要です。
社長がこうしたリスク対応を事前に実施しない場合やリスク発生時に適切な指示を出せない場合などでは会社の事業継続は困難になってしまいます。あるいは事業の復帰や正常な活動を行うまでに時間がかかり過ぎ大きな損失を被ることになりかねません。
また、危機意識そのものが薄く、事態を楽観的に受け止める傾向がある社長も会社に危機を招きやすくなるため注意しましょう。危機意識が低い場合、当然、事前の危機対策は甘くなり、問題や危機が発生するまでアクションを起こさず、事態を悪くさせ回復が困難になってしまいます。
④勘や本能で動く習性
客観的な情報に基づかない勘や本能に依存した経営は倒産危機を招きやすくなります。画期的、斬新なアイデアを事業化して成功する社長も少なくないですが、その事業化が単に社長の勘や本能だけで進められる場合失敗に終わるケースも多いです。
創業者がたまたま思いついたアイデアを事業化する場合、それがビジネスとして成立するかどうかの合理的な確認が必要になります。
ターゲットを絞った場合の需要量が十分にあるか、ターゲットへのアクセスが容易であるか、ライバルに勝てる方法を取れるか、事業化のための資金が確保できるか、リターンの回収は遅くなり過ぎないか、など事業としての実現可能性や成功の確度などを合理的に評価しなければなりません。
つまり、アイデアを事業化する場合に、ビジネスとして成立するか、成功するかの裏を事前にとる必要があるのです。もちろん創業後にビジネスモデルを変更したり、新事業を始めたりする場合も同様に行います。
もちろんアイデアの事業化だけでなく経営に関する各種の意思決定で、勘や思い付きに依存すれば余計な問題やリスクを発生させるため改めるべきです。
4 ダメ社長への回避方法
ダメ社長にならないようにするための方法、防止法などを説明しましょう。
4-1 正しき社長への意識改革
セクハラ・パワハラ、不正・公私混同や自己中心的経営などを行わないようにするためには社長自身の意識改革が不可欠です。
まず、これらの行為を継続し続けると会社に大きな損害を与えるほか、経営危機を招きかねない点を社長は理解しなければなりません。これらの行為を確信的に行っているか、無自覚に行っているかに関わらず、これらが表面化すれば、社員はもとより取引先や地域社会などの信用を失うことになります。
パワハラ・セクハラを行えば、被害を受けた社員は退職し、その影響で被害を受けていない社員もモチベーションが低下し離職に繋がりやすいです。取引先や顧客からは信用を失い事業活動への影響や売上低下に結び付きかねません。
社長が不正・公私混同や社員の切り捨てを行う会社では、そのやり方が管理職に伝染し、彼らが関係先や部下などに平然と同様の行為を行うという腐った組織になる恐れもあります。
このような会社では社員が長期に渡って意欲的に会社へ貢献してくれることなどは期待できません。必要な社員数が確保できなければ、会社の成長・発展が望めなくなるほか、持続も困難になります。
上記のような社長や組織の下では、会社の目標やルールに従い業務に意欲的に取組む社員が少なくなり、全社的に社員のモチベーションが低くなってしまうため、会社の持続・成長が望めなくなるのです。
社長はこうした点を認識して、社員を大切にする経営、法律や社会規範などを遵守する経営、を行う真っ当な経営者となるという意識を持たねばなりません。
なお、こうした意識改革を進めるためには、第三者による確認や指導を受けることも必要です。セクハラ・パワハラ等に精通した弁護士などによるリーガルチェックを受けたり、この分野の支援が得意なコンサルティング会社などに改善の指導を受けたりするとよいでしょう。
4-2 経営者の見識と能力の向上
社長としての適正な資質と能力が欠如している場合、様々な問題が生じるため、社長は経営者としてのあるべき姿、必要な能力を認識し身につけなければなりません。
①起業塾等での学習
ビジネスを始めると決意したならその創業準備として、自治体や商工会議所等で開催している起業塾などに参加し社長の資質、能力や役割などについて学ぶべきです。
今まで見てきた通り、社長の資質や能力に問題があれば直ぐに何らかの問題が生じて、適正な業務遂行が困難になり企業の成長は停滞してしまいます。そのため、社長は必要な資質や能力を保有する必要がありますが、自分だけで学習するのは効率が悪く、体系的に学習するのも容易ではありません。
しかし、経営の専門家や専門機関などによる指導を受けると効果的な学習が期待できます。国や自治体は起業の促進を重要な政策としており、経営者を育てる「起業塾」などを広く開催しているのです。
自治体の企業支援部門・外郭団体、中小企業センター、商工会・商工会議所、などで起業塾などが定期的に開催されているので是非活用してください。
②創業後の社長研修等への参加
社長の仕事は種類も量も多いため、起業塾などで全部を習得することは困難です。そのため創業後からの継続した社長の個人的な学習も必要になります。個人的な自己啓発として経営書などを読んで勉強するほか、コンサルティング会社などが開催する各種の経営セミナーや研修会にも参加しましょう。
現在、問題となっている分野に関するテーマのセミナーのほか、資金調達・資金管理、新規開拓・マーケティング活動、生産や設計、情報システムの導入や活用、物流システムの構築や改善、人材採用や人材マネジメント、など経営に関する主要な分野をまんべんなく参加するのが望ましいです。
こうしたセミナーや研修の中にはワークショップが取り入れられているケースも多いため、他の会社の経営者との交流の場にもなります。異業種の業界情報等が自社ビジネスのヒントになったり、連携のきっかけになったりすることもあるため、セミナー等への参加は有効です。
なお、社長独自の学習においても学習テーマを定め、各分野について一定期間を割り振って学習を進めるようにしましょう。たとえば、2カ月ごとにテーマを変えてその専門書を読んで勉強する、といったスタイルが有効です。
③異業種交流会や社長同士の勉強会への参加
経営者に必要な知識を増やし経営能力を高めるためには、異業種交流会や社長同士の勉強会への参加も役立ちます。
交流会や勉強会などでは様々な業種、業態、規模の会社の経営者などが参加しているため、各業界の新しいニーズや技術などの情報のほか、抱えている問題点とその克服の仕方、人材育成のノウハウ、など吸収することも可能です。
そうした会への参加は、経営書などに記載されているセオリー的な情報だけでなく、様々な経営情報を生で聞く機会になります。経営書では見られない実践的な経営ノウハウや苦労話などがそうした交流により確認できることもあるのです。
さらに交流会等は研修・セミナーへの参加以上に経営者同士が親密になれる機会となるため、事業連携などの協力関係を構築しやすくなります。多忙な社長にとってはこうした会への参加は多少負担になりますが、得られるメリットは少なくないでしょう。
4-3 リスク対応力の強化
社長の危機対応力が欠如すると、その会社は危機に弱い会社になるため、問題が生じる前に対応力を改善・強化しておく必要があります。
①重要な能力の改善
社長の計数把握力・分析力、リーダーシップ力とマネジメント力の過度の不足は、会社の倒産リスクを高めるため、それらを一定水準以上に改善しなければなりません。その改善には第三者の目を通して実施することが有効です。
具体的には、経営の専門家や経営コンサルタントなどに経営診断等を受け、計数把握力等、リーダーシップ力とマネジメント力の状態は評価してもらい改善を指導してもらうとよいでしょう。
こうした診断には一定の費用と時間がかかるため、許容できる範囲を定めて迅速に取組むことが重要になります。あまり時間をかけて細かく分析・評価しても十分な対策がとれなければ意味がないため、特に倒産リスクに繋がりやすい項目を中心に診断・指導してもらうべきです。
たとえば、計数把握力では決算書など業績データの分析と活用、リーダーシップ力では指示命令系統の体制や運用の仕方、社員とのコミュニケーションの取り方、マネジメント力では組織編成、組織規定、マニュアル、管理システム、事業継続計画(BCP)のあり方や運用方法、などが主な診断対象になります。
②業績管理、資金管理と人材管理の徹底
マネジメントの分野の中でも、業績管理、資金管理と人材管理は倒産リスクを軽減・回避するために特に重要です。
業績管理で事業の状況を正しく掴めないと競争力が低下していること、需要が減少していること、顧客ニーズが変容していること、ライバルが増えていること、などを把握できなくなったり、遅れたりします。その結果、事業を継続できるだけの売上が確保できずに倒産に追い込まれることもあるのです。
そのため少なくとも毎月の業績データを集計し、時系列でその結果を評価することが求められます。製品別、営業所別、担当者別などで業績データを集計し問題点がないか確認し、あれば原因を追求して迅速に対策を講じるといった仕組みを構築しなければなりません。
資金管理では資金繰り表やキャッシュフロー計算書などを用いて現金の流れを把握して毎月の現金過不足への対応力を強化すべきです。社長はこうした管理表を社員に作成させ、それを自身でも確認し資金ショートにならないかをチェックしましょう。
人材管理は主に人事部などが担当しますが、社員のモチベーションの状態、不平・不満の存在などを定期的に社長も確認すべきです。新規採用が困難で離職が多発するような会社は人手不足で倒産に追い込まれることもあるため、早めに問題を把握し社員が満足して働ける会社にしなくてはなりません。
5 会社設立後の特に注意したい社長の仕事
最後に会社の発展の基盤を築く会社設立時から間もない期間において、社長が特に注意して取組むべき仕事やその取組み方を説明しましょう。
5-1 創業時の必要資金の算定
いかに事業計画が適切に作成できたとしてもその予定された事業を実行するにはお金が不可欠となるため、その適正な金額の算定が求められます。
資金調達に目途が立っていても誤った計算で調達した場合、資金が不足して予定の事業活動ができないといった事態になりかねません。そのため必要資金については安易な計算にならないように事業内容やその実施活動の内容を丁寧にリスト化して見積る必要があります。
既存の事業が存在する場合には、同業他社の事例などを参考として必要項目の漏れや価額の妥当性などをチェックしましょう。また、購入する材料、部品、商品のほか、店舗・工場・倉庫・車などの投資資産、賃貸やリースを受ける資産なども業者から正式な見積書を取るべきです。
必要な情報が収集できたらそれを以下のような表などにまとめて合計します。
準備品 | 品名・数量 | 金額 |
---|---|---|
設備投資関係 | 営業事務所の保証金 | 50万円 |
内装工事費 | 60万円 | |
備品 | 30万円 | |
~ | ~ | |
運転資金関係 | 仕入商品(毎月) | 100万円 |
営業車リース代(毎月) | 5万円 | |
人件費(従業員3人・毎月) | 90万円 | |
事務機器リース代(毎月) | ||
~ | ~ | |
合計 |
たとえば、上表の合計額が創業時の必要資金の合計になりますが、それに加えて数カ月から半年程度の期間における運転資金を創業時には確保しておくべきです。従って、創業時における事業資金の予定額は以下のように計算できます。
創業時の事業資金の予定額=設備投資関係等の費用合計+運転資金関係費用等の合計額(毎月の合計)×3カ月~6カ月分
こうした必要資金を正確に見積り早めに資金調達できるように取組みましょう。
5-2 ビジネスモデルの確立
ビジネスアイデアを事業として成立できるようにビジネスモデルを確立することが創業者には求められます。その考案の際には創業者はビジネスモデルの内容が曖昧なものにならないよう注意すべきです。
ビジネスモデルの構築は、自社の事業領域(事業ドメイン)を、「自社」「ターゲット(顧客・市場)」「ライバル(競合他社)」などに関する環境分析に基づきWho、WhatとHowの観点から定義します。
Whoは「ビジネスの対象者が誰か」を定義することです。つまり、自社が提供するモノ・サービスを提供する、届けたい相手を定めます。
Whatは「ターゲットのニーズが何か」を定義することです。つまり、ターゲットが欲するモノやコトを定義することであり、最終的にはそれらを具体的なモノ・サービスとして提供します。
Howは「どのようにニーズを充足するか」を定義することです。たとえば、ターゲットが求める商品(ニーズ)を、「彼らがより満足できるように早く納品する」「他社よりも安く販売する」「アフターサービスの整備で購入後も安心して利用できる」といったより満足される提供がきるようにします。
価格、流通、販売促進などのマーケティング要素や組織体制などの視点を切り口にすると具体化しやすいです。
以上の3つの視点に加え「自社利益の確保」などの点を含めてまとめれば、ビジネスモデルの基盤が固まっていきます。こうした方法の参考として、株式会社日本政策金融公庫の「創業の手引き」などが役立つでしょう。
●ビジネスモデルの具体化(「創業の手引き」のP15)
ビジネスの視点(Who、WhatとHow) | 内容 | |
---|---|---|
誰に(メインターゲット) | ・○○駅を利用する30代前後の子育て中の女性 | |
何を | 商品・サービス(セールスポイント) | ・婦人・子供服、服飾雑貨の販売・服以外の小物も含めたトータルコーディネートや、親子コーディネートの提案 |
どのように | 価格 | ・婦人服 3,000円~20,000円・子供服 2,000円~15,000円・服飾雑貨 500円~ |
立地・流通 | ・○○駅より徒歩5分の雑居ビル1階・通販やネット販売も実施 | |
販売促進 | ・SNSでの情報発信・地域のフリーペーパーへの広告掲載・営業時間 11:00~20:00 | |
人員・仕入 | ・アルバイトを1名雇用予定・商品仕入は勤務時代のつながりがある5社から予定 |
社長は創業直後からビジネスモデルを、事業を具体的に推進し成長させる仕組みへと完成させねばなりません。
5-3 事業計画の策定
ビジネスモデルを事業として成立させ成功させるには、計画を立案して進めるのが有効です。なお、一般的には計画は創業計画書や事業計画書(創業後は3年~5年程度おきに作成)として作成されます。
計画なしの経営では必要な活動が漏れたり遅れたりする可能性が高まりやすいため、会社の利益および発展を阻害しかねません。そのため一定の計画策定が必要となりますが、細か過ぎると計画はかえって実行が難しくなるため注意しましょう。
最初は漏らしてはならない重要項目を中心とした実現可能な計画書を作成すべきです。具体的には、ビジネスモデルの内容を事業として推進できるように5W1Hの観点で重要項目について一定期間の活動内容をまとめます。
設備投資等:店舗や工場などの必要資産の確保
仕入:商品等の確保
流通:店舗、倉庫、流通業者など流通手段の決定
販売促進:PR方法や差別化などの決定
資金調達:必要資金の算定と確保
人材確保:労働力や人件費等の算定と確保
次は以上のような内容を下記のような個別計画へまとめ具体的な数値に落とし込む作業です。
販売・仕入計画:見込みの販売量と金額、それに対応する仕入量と金額の算定
店舗・施設計画:事業展開に必要な建物や設備等の投資額の算定と投資時期の決定
組織編成・人員計画:各種計画の実行に必要な体制の整備と人員の確保
投資・調達計画:全体での投資額と資金調達額の算定
これらの計画が決定した後は、3年程度の損益計画書を作成し事業継続が可能かを確認し各計画書に修正を加えて1つの事業計画書として完成させます。
計画は目標を確実かつ効率的に達成させるためのツールとして機能するように活用してください。
5-4 統制作業の実行
優れた計画でも実施されなければ意味がないため、社長は計画が適切に実施されるように会社を統制しなければなりません。具体的には、計画の実行の確認、評価と修正というマネジメントが必要になります。
つまり、社長は計画・実行・確認・改善というPDCAサイクルを回す仕事を確実に行わなければならないのです。なお、PDCAの実行は、会社全体、全社員が各々実施していくことが求められます。社長や管理部門だけが行うのではなく、個々の社員が実行できるようにすることが重要です。
このPDCAサイクルが失敗しないためには、最初は計画を細かくし過ぎないこと、重要な項目に絞ってPDCAサイクルを回すことに重点を置きましょう。たとえば、年間の重要項目を3~5つ程度設定し、目標値等と活動内容を簡単に示す。それを月ベースの内容にブレークダウンして毎月の管理表として利用するのです。
会社設立時に社員がいなければ、社長は自身のPDCAサイクルを回すことに注力すればよいでしょう。その後、会社の規模が大きくなり部門や社員が多くなれば、マネジメントは管理職を通じ行うことになります。
管理職は部下に対して毎月に管理表(行動予定と結果をまとめた資料等)を提出させたり、ヒヤリングしたりして計画の進捗や問題点などを確認しなくてはなりません。そして、社長は部門責任者に対して同様の確認を行い、問題等に対する解決方法などの指示を出すといった全社的な統制を行います。
こうした管理サイクルを会社設立時から定着させることも社長の重要な仕事です。