雇用のあり方の見つめ直しや、柔軟な働き方を実現しようとするワーク・ライフ・バランス。
政府は9月末、「イノベーションの促進とワーク・ライフ・バランス」と題する労働経済の分析(労働経済白書)の発表を行い、これまで行ってきた経済改革・働き方改革の成果と課題を取りまとめました。
雇用情勢では完全失業率が3.0%で22年ぶりの低水準となり、時給は1084円で6年連続の増加となるなど一定の改善が見られました。
しかし、イノベーションと雇用の関係では、AIを中心とする既存業務の効率化に努める企業は多いものの、新しい付加価値の創出のために活用できている企業は少なく、白書は、「AIの広がりついて企業、従業員ともに危機意識が低い」と警鐘を鳴らしました。
また、ライフ・ワーク・バランスの実現について、長時間労働の削減に向けた取り組みを行う企業は9割を超えるも、実際に労働時間が削減されたのは半数程度となりました。
本記事では、厚生労働省が発表した「平成29年度労働経済の分析」(労働経済白書)をもとにイノベーションと雇用の現状を詳細に見ていきます。
1 雇用情勢の改善、続く
緩やかな景気回復が続く国内経済。9月、茂木経済財政・再生担当大臣は記者会見にて「(戦後2番目である)いざなぎ景気を超える景気回復の長さとなった可能性が高い」との見方を示しました。
1-1 数字で現れる雇用環境の回復
白書によれば、昨年の実質GDP成長率は1.0%で、2011年以降、5年連続でプラスとなりました。
また、有効求人倍率はすべての地域ブロック・都道府県で1倍を超え、今年8月の完全失業者数は186万人で昨年より4万人減少。失業率は2.8%と主要国の中では最低レベルの水準を維持しています。
・ 各地域の有効求人倍率
北海道 | 1.08 |
---|---|
東北 | 1.40 |
南関東 | 1.33 |
北関東・甲信 | 1.39 |
北陸 | 1.56 |
東海 | 1.59 |
近畿 | 1.25 |
中国 | 1.57 |
四国 | 1.43 |
九州・沖縄 | 1.24 |
全国平均 | 1.36 |
・ 失業率と求人倍率
完全失業率 | 2.8 |
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新規求人倍率 | 2.3 |
有効求人倍率 | 1.45 |
正社員有効求人倍率 | 0.94 |
(『平成29年度労働経済白書』より作成)
1-2 パート時給、正社員月給ともに増加
不本意非正規(正社員として働く機会がなく、非正規雇用で働いている者)の割合は13四半期連続で前年同期比で低下しており、正規雇用社数は2年連続で増加して1307万人となりました。
賃金では、パートタイム労働者の時給は6年連続で回復し1084円となり、一般労働者の月給は4年連続で増加して41.2万円となりました。
・ 賃金の推移
一般労働者月給 | パートタイム時給 | |
---|---|---|
2007年 | 41.2万円 | 982円 |
2008年 | 41.2万円 | 1009円 |
2009年 | 39.8万円 | 1019円 |
2010年 | 40.2万円 | 1017円 |
2011年 | 40.2万円 | 1020円 |
2012年 | 40.1万円 | 1028円 |
2013年 | 40.3万円 | 1039円 |
2014年 | 40.6万円 | 1053円 |
2015年 | 40.8万円 | 1068円 |
2016年 | 41.2万円 | 1084円 |
(『平成29年度労働経済白書』より作成)
2 イノベーションの実現状況は国際的に低い
雇用状況や賃金上昇が続く中、GDPの伸び悩みが指摘されています。日本を含めた先進5カ国(フランス、ドイツ、日本、イギリス、アメリカ)のGDP成長率(平均値)比較で、日本は0.8と最も低くなります。
白書は、GDP成長率について「労働投入・資本投入の寄与が弱くなる中、GDP成長率との関係が強まっているTFP(全要素生産性)の上昇率が弱い」と指摘しました。
文部科学省による「4回全国イノベーション調査統計報告」によれば、イノベーションを促進する要因に「研究開発」と「先進的な機械の取得」が挙げられます。また、イノベーション活動の阻害要因として「能力のある従業員の不足」が挙げられました。
(出展:)
2-1 日本は高度人材の活用が下手くそ?
白書によれば、イノベーションの実現のためには博士課程卒など高度人材の活用が必要不可欠とされるも、博士卒の人材の割合が低く、専門知識や研究内容を考慮した採用を行えていないことが分かります。
・ 企業調査で採用の際に重視した項目(※4点満点で点数が高いほど重要度が高い)
大学卒 | 博士卒 | |
熱意・意欲 | 3.2点 | 3.1点 |
行動力・実行力 | 2.9点 | 2.7点 |
コミュニケーション能力 | 2.7点 | 2.4点 |
専門知識・研究内容 | 0.5点 | 1.2点 |
(『平成29年度労働経済白書』より作成)
2-2 AIに対して企業、従業員ともに危機意識が低い
次にAIの活用について、労働時間短縮や作業効率化に取り組む企業は多く、今後、AI技術が進展することで雇用のあり方が変わっても付加価値を求められる職種の就業者は増加すると予想されます。
・ AIに求められる役割と機能
役割・機能 | 割合 |
---|---|
既存の業務効率・生産性を高める | 67.5% |
既存の労働力を省力化する | 54.4% |
既存の業務の提供する価値を高める | 43.0% |
不足している労働力を補完する | 36.8% |
新しい価値をもった業務を創出する | 26.3% |
新しい業務に取組む意欲や満足度を高める | 12.3% |
既存の業務に取組む意欲や満足度を高める | 9.6% |
また、AIが必要とされるこれからは、それを理解し使いこなす能力が必要となりますが、白書はAIの広がりについて「企業、従業員とも危機感が低い」と指摘し、意識の高まりが求められると述べました。
役割・機能 | 企業調査 | 従業員調査 |
---|---|---|
AIの価値や可能性を正しく理解するための基礎的知識 | 71.6% | 72.6% |
AIの価値や可能性を正しく理解するための技術力 | 45.2% | 41.8% |
AIの活用方法を考えるための創造性やデザイン力 | 39.3% | 36.6% |
各種システムにAIを実装するためのスキル | 29.7% | 22.4% |
AIを作るためのプログラムを読み書きする基本スキル | 21.4% | 24.6% |
AIの様々な可能性を探索・追求していく高度なプログラミング、設計力、データの目利き | 20.9% | 20.0% |
(『平成29年度労働経済白書』より作成)
※ TFPとは、経済成長を要因分解した際に、資本投入や労働投入といった要因以外の成長要因を指す。
3 労働時間減っていない53%
ワーク・ライフ・バランスとは政府が推し進める「仕事の生活の調和」を目的とした基本的な考え方です。具体的には、「老若男女誰もが、仕事、家庭生活、地域生活、個人の自己啓発など、様々な活動について、自ら希望するバランスで展開できる状態」であるとされます。(平成19年7月 男女共同参画会議 仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス))
しかし、長時間労働者ほどこのワーク・ライフ・バランスが取れておらず、「1日に10時間以上」の労働者の場合、「希望と現実が一致していない」とする割合は7割を超えます。
希望と現実が合致している | 希望と現実が合致していない | |
---|---|---|
10時間未満 | 41.8% | 58.2% |
10時間以上 | 29.4% | 70.6% |
3-1 労働時間が短いほど生産性が高い
経済財政白書では労働時間と労働生産性の関係性について、国際的に見ると一人当たり労働時間が短い国ほど、「労働時間当たりの付加価値(労働生産性)」が高いとされました。
たとえば、OECD諸国の中で最も一人当たり労働時間が短いドイツの労働時間は、日本の8割にあたる1300時間とされますが、労働生産性は日本の水準を約50%上回ります。
(出展:)
調査では、一人当たり労働時間の減少に伴い、時間当たりの労働生産性の上昇が見られました。1995年〜2015年の20年間で、日本は1割ほどの労働時間の削減が行われた結果、2割の労働生産性の向上が見られました。
このほか、ドイツとフランスでは、1割ほどの労働時間の削減で、3割近い労働生産性の上昇が見られました。スウェーデンとアメリカでは、労働時間の削減は日本より小幅だったものの、4割近い労働生産性の上昇が見られました。
3-2 限定的でも効果はある
現在、政府は長時間労働を削減するよう経済界に呼びかけ、取り組みも多く行われていますが、その効果は限定的です。
実際に労働時間が短縮したかどうかを調査したところ、「短縮された」と回答したのは52.8%にとどまりました。また、「変わらない」と回答したのは45.9%でした。
・ 労働時間を短縮させる企業の取り組み
実態(実際の労働時間等)の把握 | 69.1% |
長時間労働者やその上司等に対す注意喚起や助言 | 66.1% |
仕事の内容・分担の見直し | 55.1% |
所定外労働の事前届出制の導入 | 50.0% |
休日労働に対する代休の付与 | 45.0% |
ノー残業デーの設定 | 43.0% |
適正な人員確保 | 42.3% |
経営トップからの呼び掛けや経営戦略化による意識啓発 | 38.3% |
非正社員の活用や外部委託化の推進 | 26.0% |
労働時間管理や健康確保に係る、理職向けの研修・意識啓発 | 24.2% |
委員会等による検討 | 17.1% |
社内放送等による終業の呼び掛け | 12.0% |
働時間管理や健康確保に係る、管理職向けの研修・意識啓発 | 10.3% |
強制消灯、PCの一斉電源オフ | 6.7% |
その他 | 1.91% |