中小企業にとって後継者不足や人手不足は非常に大きな問題です。どれだけ将来有望な事業を行っていても後継者がいなければ事業の継続は難しく、廃業という最悪の選択肢しか残らないこともあり得ます。もし廃業となれば、従業員や取引先に迷惑が掛かるだけでなく事業主自身に債務が残る可能性もあるため、中小企業は後継者不足に悩まないよう早い段階から事業承継について対策を行うことが重要です。
今回の記事では後継者不足・人手不足の現状や理由、事業承継の方法について確認し、事業承継の公的支援や後継者不足への対策なども分かりやすく解説します。事業を営む事業者の方やこれから起業を考えている方は是非参考にしてください。
1 後継者不足が起きている現状と理由
少子高齢化が進む現在の日本では後継者不足で廃業に追い込まれる中小企業が少なくありません。将来有望な事業を行っていても後継者不足により廃業する事業者も少なくないことから、後継者不足の問題は日本経済にとっても悪影響を及ぼす大きな問題です。まずは、現在の日本における後継者不足が起きている現状とその理由について詳しく確認してみましょう。
1-1 後継者不足が起きている現状
後継者不足の問題は中小企業が廃業に追い込まれる大きな理由の一つです。特に、規模の小さい事業者ほど後継者不足などの後継者難を理由に廃業するケースが多くなっています。少し古いデータとなりますが、以下は日本政策金融公庫が2010年に公表した調査レポートから抜粋した図です。図1は廃業予定企業の割合を表しており、図2は従業者19人以下の小企業における廃業予定の理由を表しています。
図1 廃業予定企業の割合
図2 廃業予定の理由(従業者19人以下の小企業)
図1は日本政策金融公庫が実施した調査で廃業を予定していると回答した中小企業を従業者数別にまとめたものです。この図からは従業者数の少ない小規模な企業ほど廃業予定が多いことが簡単に読み取れます。従業者数19人以下の小企業に限っては従業者数1~2人の企業のうち41.9%、従業者数3~4人の企業のうち17.3%が廃業予定です。
また、従業者数1人~19人の小企業全体でも5分の1にあたる20.5%もの企業が廃業予定と回答しており、従業者数20人以上の1.2%と比較してもその差は歴然となっています。図2の小企業の廃業予定の理由では「当初から自分の代かぎりでやめようと考えていた」や「事業に将来性がない」といった理由が約半数を占めています。
しかし、特筆すべきは「子供に継ぐ意思がない」「子供がいない」「適当な後継者がみつからない」という後継者難に関する理由が全体の34.6%を占めている点です。これは現役で事業を営んでいた小企業のうち、廃業を予定していた企業の3分の1以上が後継者不足などの後継者難を理由に挙げている状況を表しています。
このように、中小企業などの規模の小さい事業者は後継者不足などの問題から廃業を余儀なくされる状況が明確な数字として表れているのです。ここ10年ほどで後継者不足の問題は社会問題としてもクローズアップされるようになりましたが、残念ながらこの状況は2020年になった現在も劇的な改善はなされていません。
ここからは民間調査会社である東京商工リサーチが中小企業の後継者不足の実態を調査したレポートをもとに最新の状況についても確認します。東京商工リサーチは中小企業の後継者が決まっていない状況を「後継者不在率」として調査しており、2019年11月に最新の調査レポートが公開されました。今回の調査では、中小企業で後継者の決まっていない「後継者不在率」が55.6%です。
半数以上の中小企業は後継者が決まっていない状況で、さらにその半数は中長期的な展望からみても後継者が未定または検討中となっています。また、「後継者不在率」の調査は代表者の年齢別にも行われており、以下の図3は年齢ごとに後継者の有無をまとめた表です。
図3 後継者不在率 代表者年齢別
30代未満~40代までは「後継者不在率」が80%を超えていますが、これは代表者が若いため後継者を探す必要に迫られていないことが大きな理由となっています。しかし、世代交代が現実的に見えてくる60代の経営者のうち40.91%が後継者不在というのは大きな問題です。後継者を探して事業を継続できるように教育するためにはそれ相応の時間もかかることから、60代の経営者の約4割に後継者がいないという現状は後継者不足の問題を如実に表しています。
また、70代は29.39%、80代は23.85%の企業が後継者不在となっていますが、一般的に考えると引退間近となるこれらの年代になっても約4分の1の企業が後継者を決定できていません。これらの調査結果からも分かるように中小企業にとって後継者不足の問題は依然として大きな問題です。
1-2 後継者不足の原因
後継者不足の問題は現在も中小企業にとって大きな問題となっていますが、なぜこのような問題が起こるのでしょうか?ここからは後継者不足が起こる原因について確認してみましょう。後継者不足は大きく分けて以下の3点が主な原因です。
①後継者がいない
後継者不足の問題が起こる最も大きな原因は純粋に事業を継ぐ後継者がいないことが理由です。経営者が事業を継続させたいと考えていても後継者となる人材自体がいなければ事業を続けることはできません。ここでは単純に後継者がいないという表現を使用していますが、後継者がいないことにも様々な理由があります。主な理由は以下の通りです。
・事業を承継できる親族の後継者がいない
現在の日本は少子高齢化が進んでおり、事業を継がせる子供自体がいない場合も少なくありません。また、子供がいたとしても、子供自身に事業を継ぐ意思がない場合や、経営者自身が「自分のように苦労をかけたくない」や「子供のやりたいことを尊重したいので無理強いはしない」と考える場合も多く、子供がいても後継者とならないケースも増えているのが現状です。
また、子供以外への事業承継には相続の問題などが複雑に絡んでくるため、実際に子供以外の親族に事業を承継するという選択肢を選ぶ経営者は依然として少ない状況になっています。
・役員や従業員などに後継者がいない
事業を承継できる親族の後継者がいない場合は会社の役員や従業員に後継者となってもらうことも可能です。しかし、事業を継ぐとなると経営者の後継者候補に対する見方も厳しくなる傾向にあり、経営者としての資質がないことなどを理由に後継者とならないケースも少なくありません。
また、経営者の中には事業は親族以外には引き継がないと決めている方もおり、最初から役員や従業員が後継者候補となっていない場合や後継者教育自体を行っていないために役員や従業員が後継者候補とならないケースも少なからずあるのが現実です。
・社外から経営者を招くことに消極的
事業の承継は親族や社内の人間に限らず社外からヘッドハンティングした人材などに引き継ぐことも可能です。社外から経営者を招くことは上場企業などの大企業では一般的な経営者決定の方法になっていますが、中小企業ではいまだに多くの経営者が社風や経営方針が変わることを嫌がります。
そのため、社外から後継者候補の招へいを率先して行う中小企業の経営者はあまり多くありません。これは中小企業の多くが同族企業であることも大きな理由の一つです。また、社外の人材を経営者として招き入れたいと考えても、社外から役員などの人材を起用した経験のある中小企業はあまりありません。
すると、社外から後継者候補を探したいと考えてもそのノウハウがなく、後継者候補探し自体を断念するケースも多くなっているのが現状です。実際に社外の人材を後継者候補として採用した場合でも経営者となるための教育には時間を要することも多いため、社外の人材に事業を承継するという方法はあまり選択されていないのが現状です。
②事業に将来性がない
経営者が事業を続けたいと考えても事業自体に将来性がなければ後継者は見つかりません。これも経営者不足となる原因の一つです。確かに、日本は昔から子供を中心とした親族間での事業引き継ぎが基本的な考え方となっているため、従業員の雇用を守るために経営状態が芳しくない状態でも子供が経営を引き継ぐということは少なくありません。
しかし、先にも述べた通り子供に苦労をかけたくないと思っている経営者は増えつつあり、先行きが見えない事業は継ぎたくないと考える子供が多いのも現状です。また、親族以外の役員や従業員、外部の人材はよっぽどの理由がない限り将来性がない事業にリスクを冒してまで引き継ぐという選択はしません。これによって、事業に将来性が見込めない中小企業は後継者に引き継ぐことを断念し廃業という選択肢をたどるのです。
③個人保証や相続などの制度上の問題
中小企業が金融機関から事業資金などの借入で経営者の個人保証を差し入れている場合、事業を引き継ぐ際に後継者の保証を求められる可能性が高くなります。これは事業に失敗したときに後継者が債務を弁済しなければならないリスクにつながるため、後継者が見つかり難い状況を生み出すものです。また、親子間で株式会社などの事業を引き継ぐ場合は株式の譲渡によって会社の所有権を引き継ぐ形が主流となっていますが、譲渡する株式は相続対象の資産となるため様々な制度上の問題が付きまといます。
例えば、生前に株式の譲渡を受けた場合は生前贈与となり贈与税が発生します。他の相続人との兼ね合いによっては相続上の争いにも発展しかねない大きな問題です。これらの制度上の問題も後継者不足の理由の一つとなっています。ただし、最近は事業承継に関する税制が見直されつつあり、スムーズに株式譲渡などの事業承継が進められるようになってきています。こちらについては後ほど詳しく説明します。
2 事業承継の3つの方法
事業承継とは経営者の事業を後継者に引き継ぐことですが、この事業承継には3つの方法があります。それは、親族に事業を承継する方法、親族以外の役員や従業員などに事業を承継する方法、M&Aです。ここからは中小企業における事業承継の3つの方法について各承継方法のメリットやデメリット、注意点などを詳しく確認してみましょう。
2-1 親族に承継
子供や配偶者などの親族に事業を承継する方法は日本の中小企業で最も多く行われている事業承継の方法です。
①メリット
・内外の関係者から心情的に受け入れられやすい
親族に事業を承継する方法は最もポピュラーな方法となっているため、取引先にも受け入れられやすい事業承継の方法です。そのため、経営者の交代だけが原因で取引が無くなるなどのリスクはあまり考えられません。また、親族に事業を承継する方法は企業内の従業員にとっても理解を得やすい方法であることは大きなメリットです。
・後継者の早期決定が可能
子供や配偶者などの親族に事業を承継する方法では後継者候補が絞られているため早い段階で後継者を決めることができます。後継者の教育には相応の時間が必要となるため、早く後継者が決まることは教育のための時間が確保できるため大きなメリットです。
・事業用資産や株式の移転
親族に事業を承継する最も大きなメリットは企業経営に必要な事業用資産や株式を相続などの方法で円滑に後継者へ移転できることです。例えば、会社の形態で事業を営んでいる場合、株主が会社の所有者となるため株式を持っていない経営者は会社の所有者ではありません。そのため、事業を承継するためには経営者の地位を譲るだけでなく株式を後継者に移転する作業も必要です。本来はお金を払って株式を買い取らなければなりませんが、子供や配偶者などの近い親族へは生前贈与や相続などの方法によって金銭のやり取りを経ずに移転する方法もあります。
②デメリット
・親族に後継者候補がいない
そもそも子供や配偶者がいなければ親族への事業承継は不可能です。また、親族に事業を承継したいと考えていても、本人に事業を継ぐ意思がない場合や後継者としての資質に欠ける場合などは後継者にすることができません。このように、親族への事業承継では対象となる後継者候補が少ないことがデメリットの一つです。
・相続などの問題が発生することも
親族に後継者候補がいても相続などの問題でうまく進まないことがあります。個人事業の場合は事業で使用している資産が、会社の場合は保有している株式が相続対象の資産となります。そのため、後継者以外の法定相続人がいる場合、これらの資産は他の法定相続人にも相続する権利がある点には注意が必要です。遺言などを活用することで後継者へ事業用の資産や株式を全て引き渡すこともできますが、他の相続人に不平不満がある状態では親族間の争いに発展する可能性もあります。
③注意点
・後継者候補への意思確認
親族に後継者候補がいる場合でも必ず本人に事業を継ぐ意思があるかどうかは確認しておかなければなりません。事業を継ぐものだと思い込んで話を進めていても、本人にその意思がなければ事業の承継は不可能です。そのため、まずは後継者候補本人に事業を継ぐ意思があるかどうかを確認する必要があります。
・周囲への配慮
親族から後継者を選ぶ場合は周りの従業員などから不平不満が出ないように十分な配慮が必要です。例えば、就業経験がほとんどないような子供をいきなり副社長などの要職で迎え入れた場合、ほとんどの社員は不満を持つことが考えられます。上場企業などの大手企業ではプロの経営者を招き入れることが当たり前のことですが、小さな所帯の中小企業ではどれだけ能力がある後継者候補でも幹部社員や一般従業員の反感を招くものです。段階を踏みながら長い時間をかけて後継者教育を行うことで周囲からの理解も得ながら事業承継を進めることができます。
・相続などを利用する場合は事前の調整が必要
事業用資産や株式などを後継者に生前贈与や相続などで移転しようと考えている場合は他の相続人との事前調整も必要です。皮肉なことですが、事業に成功して規模が大きくなればなるほど相続の対象となる資産も増えるため、相続人同士の争いがおこりやすくなります。そのため、後継者へ偏った財産分与や生前贈与を行う場合は他の相続人から不満が出ないよう事前に話し合いなどを行っておくことが重要です。
特に、株式会社などは特別決議を単独で可決できる3分の2以上の株式を後継者に譲渡しておかなければ安定的な会社運営はできません。後ほど詳しく説明しますが、事業承継のための株式の移転などについては民法の特例なども活用できるため、これらの制度も上手に活用しながら親族間での争いが起こらないよう事前に調整しておくことが重要です。
2-2 役員や従業員などに承継
事業のことを良く知っている役員や従業員だと承継後の事業は円滑に進められるというメリットがあります。しかし、事業資産や株式の譲渡では難しい点もあるため周囲との調整も行いながら慎重に進めなければならない承継方法です。
①メリット
・後継者候補の範囲が広い
親族へ継承する場合と異なり、役員や従業員など多くの候補者の中から後継者を探すことができます。また、外部の人間から後継者候補を探すことも可能なため、対象となる後継者候補の範囲が広いという点は大きなメリットです。
・経営の一体性を保ちやすい
長く勤めた役員や従業員などを後継者とする場合は経営の一体性を保ちやすい点が大きなメリットです。また、長く勤めていた方が後継者となる場合は他の従業員なども後継者のことをよく理解しているため、業務上の支障も出にくいという利点があります。
②デメリット
・親族よりも決まりにくい
メリットでも挙げたように、親族以外の役員や従業員などから後継者を探す場合は対象となる候補者が多くいます。しかし、これらの候補者の中から経営を継ぐ強い意志と能力を持った人材を発掘する必要があるため、親族以上に後継者が決まりにくいという大きなデメリットも内在しています。
・株式取得等の資金面での問題
役員や従業員などが事業を引き継ぐ場合、事業用資産や株式(議決権ベースで3分の2以上)などを経営者から引き継がなければ安定的な経営はできません。そのため、後継者候補にはこれらを買い取る資金が必要です。しかし、親族以外の後継者候補がこれらの資金を準備できるケースは稀で、多くの場合で事業承継の足かせとなっています。
・債務保証などの問題
経営者が借入金などの連帯保証人となっている場合、後継者も連帯保証人となるよう金融機関などから要請されることがほとんどです。しかし、借入金が多い場合などは金融機関との交渉で不利になる傾向もあり、後継者自身が債務保証のリスクが原因で事業承継自体を断念する可能性がある点はデメリットの一つになります。
③注意点
・後継者の意思確認と親族へのアナウンス
親族以外の方を後継者にする場合、承継の意思があるかどうかを事前に確認しておくことが重要です。まずは後継者候補に借入金なども含めた事業の状況を詳しく理解してもらい、その上で承継するかどうかを判断してもらわなければなりません。また、経営者の親族に後継者候補となり得る方がいる場合は事前に了承を取りつけておかなければ後々トラブルとなることも考えられます。無用なトラブルを避けるためには親族への事前アナウンスも忘れてはならない重要なプロセスです。
・後継者への事業用資産、株式の移転
親族以外の後継者へ事業承継する場合にはデメリットでも説明したように事業用資産や株式の移転がネックになります。しかし、後継者が事業用資産や株式を買い取るための資金を全て準備できない場合でも金融機関などから資金を調達する方法がある点には十分な理解が必要です。例えば、会社の経営陣や従業員が株主から株式を買い取るMBO(マネジメント・バイアウト)という方法を用いて銀行などから融資を受けることもできます。
ただし、金融機関は回収できる可能性がなければ融資を実行してくれないため、これは事業に将来性がある場合などに限られる手法です。また、事業承継のために株式などを買い付ける資金であれば、経営承継円滑化法を活用して日本政策金融公庫などから融資を受けるという手段もあります(経営承継円滑化法については後ほど詳しく説明します)。
2-3 M&A
M&AとはMergers(合併)&Acquisitions(買収)の略称です。中小企業であっても後継者不足による廃業を選択すると取引先や従業員に大きな影響を及ぼす可能性があるため、最近はM&Aによる事業譲渡の手法が事業承継によく用いられます。
①メリット
・身近に後継者候補がいなくても承継できる
身近に事業を継ぐ適任者がいなくても承継できる点はM&Aの大きなメリットです。中小企業のM&Aでは株式譲渡や事業譲渡という手法を主に用いますが、売却先の企業や個人を見つけることができれば事業を譲渡できます。
・経営者が事業の売却益を得られる
株式譲渡や事業譲渡の形でM&Aを行った場合、経営者はその売却益を得られます。売却額は売上規模や現在の資産価値だけでなく将来的なキャッシュフローや営業権なども考慮して決定されますが、優良企業であればあるほど大きな売却益を得ることも可能です。
②デメリット
・希望の条件で買い手を見つけることが難しい
M&Aで事業を譲渡する際は譲渡の価格だけでなく現在の従業員の雇用などについても条件交渉を行います。最近は金融機関や税理士、商工会議所、M&A仲介事業者などがM&Aのマッチングサービスを行っていますが、これらを利用しても全ての条件が折り合う買い手を見つけるのは困難なことです。
・経営の一体性を保つのが困難
株式譲渡などの形態で事業を譲渡する場合、株主や経営者が全て変わることもあるため経営の一体性を保つことが困難になります。また、これまでとは全く異なる経営者が事業をリードしていくこととなりますが、事業を円滑に引き継ぐためには譲渡する経営者の協力が必要です。譲渡契約がまとまった後も時間と手間をかけて引き継ぎ作業を行わなければならないというデメリットが存在します。
③注意点
・売却できる企業でなければならない
M&Aで事業を譲渡する場合、売却できる企業でなければ買い手が現れることはありません。事業に将来性がある経営状態が良い会社であればすぐに買い手が現れるように思いますが、このような企業でも高望みした売却条件などを提示すれば売却交渉がまとまらないこともあるため注意が必要です。
しかし、赤字の企業でも技術力があって優秀な人材がいる場合はそれらを求めるライバル企業が名乗りを上げたという売却事例もあります。このように、買い手のニーズに合った企業の価値があることはM&A市場において大きな強みです。M&Aによる事業承継を検討する際は早い段階から企業価値を高めるための努力も必要になります。
・M&Aは専門性が高い
M&Aによる事業承継を検討する場合、譲渡価格の試算など専門性の高い知識が必要です。また、売却条件の決定においても相場を知らなければ足元を見られて買いたたかれるだけでなく、売り手の経営者にとって不利な条件が付帯されることもあります。そのため、M&Aによる事業承継を検討する場合は税理士や公認会計士、M&A仲介事業者などの売り手の利益を最大限に考えてもらえる専門家への相談が必要です。もちろん、専門家に依頼すると相応の費用は必要になりますが、M&Aは金額の大きな案件となるため不利なく進められることを考えると決して高い費用ではありません。
3 事業承継の公的支援
後継者不足による廃業は優秀な技術力が失われるなど日本経済の大きな損失です。そのため、国は「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)」という法律を整備し、「遺留分に関する民法の特例」「事業承継時の金融支援措置」「事業承継税制」という3本の柱で中小企業の事業承継を後押ししています。ここからは経営承継円滑化法や事業引継ぎ支援センターなどの事業承継における公的支援について確認してみましょう。
3-1 遺留分に関する民法の特例
遺留分に関する民法の特例とは、後継者が遺留分権利者全員との合意と所定の手続きを経ることを前提に以下の適用を受けられる民法の特例です。
- ①生前贈与株式等を遺留分の対象から除外
- ②生前贈与株式等の評価額をあらかじめ固定
遺留分とは、遺族の生活の安定や相続人間の平等を確保するため相続人に認められる権利です。本来、相続財産は遺言などの故人の意思によって自由に相続させることができるはずですが、この遺留分によって財産の相続が遺言などに明記されていない相続人にも一定割合を相続する権利が発生します。簡単な例で遺留分が事業承継に与える影響を確認してみましょう。
例)配偶者なし子供2人(B、C)の経営者Aが亡くなりました。相続財産は経営していた会社の株式(評価額1,000万円)のみです。Aは遺言書で会社を継いだBに全財産を遺贈すると残していましたが、Bだけが財産を相続するのは不服だとして相続開始後にCが遺留分の減殺請求(遺留分を取り戻すようにBに請求すること)を行いました。他に生前贈与した財産などがない場合、Cは遺留分としていくらの財産を相続できるのでしょうか?
配偶者なしの子供2人が相続する場合、法定相続割合は50%ずつとなり遺言書が無ければ500万円ずつ相続する権利があります。しかし、今回は遺言書によってBが全てを相続することになったため、Cは遺留分減殺請求を行うことによって遺留分だけを相続することが可能です。相続人が子供2人だけの場合は全財産の2分の1が子供2人の遺留分として認められており、1人分の遺留分は次の計算式で求めることが可能です。
Cの遺留分=1,000万円(相続財産)× 1/2(子供2人の遺留分)÷ 2(子供の人数)=250万円
これにより、Cは遺留分として250万円をBに請求できるため、Bは会社の株式の4分の1か現金250万円をCに渡さなければなりません。
このように、会社の全株式を遺言によって相続するとなっていても遺留分を請求できる相続人がいる限り会社の株式が分散する可能性もあるため注意が必要です。株式を生前贈与していたとしても相続が発生した時点で生前贈与分も含めて遺留分を計算する仕組みのため、株式の分散によって後継者に経営権を集中できないという事態も発生する可能性があります。そこで、遺留分に関する民法の特例では中小企業の事業承継でこのような状況が起こらないよう、事前の承諾や所定の手続きを行うことで①と②の特例を認めているのです。①と②の特例を受けることによるメリットは以下の通りです。
- ①贈与株式が遺留分減殺請求の対象外となるため、相続に伴う株式分散を未然に防止することができます。
- ②後継者が生前贈与によって株式を引き継いだ後に事業が好調に推移して株式価値が上がった場合、株式の相続税評価額は相続発生時点の評価額となります。そのため、頑張って経営して企業価値を上げても遺留分による減殺請求額が大きくなることが経営意欲を失わせる要因でした。しかし、この特例を適用することによって後継者の貢献による株式価値上昇分が遺留分減殺請求の対象外となるため、経営意欲が阻害されないというメリットがあります。
個人事業主は事業用資産の生前贈与を受ける場合①のみ適用可能で、会社の場合は①と②の特例のどちらか、または両方を組み合わせて適用を受けることが可能です。この民法の特例の適用を受ける場合は遺留分権利者全員の合意後1か月以内に経済産業大臣へ確認を行い、その後1か月以内に家庭裁判所への許可申立てを行って許可が下りると合意の効力が発生します。
3-2 事業承継時の金融支援措置
事業承継時の金融支援措置とは円滑な事業承継のために必要となる資金を低利息で融資してもらえる制度です。また、会社や個人事業主が事業承継に関する資金を金融機関から借り入れる場合、信用保証協会の通常の保証枠とは別枠が設けられます。ただし、これらの制度を利用するためには都道府県知事から経営承継円滑化法に基づく認定を受けなければならない点は注意が必要です。それでは、これらの制度概要を詳しく確認してみましょう。
①低利融資
会社や後継者である個人事業主や代表者が以下の資金を必要とするときに日本政策金融公庫または沖縄振興開発金融公庫から低利で融資を受けられる制度です。
- a)会社又は個人事業主が、後継者不在などにより事業継続が困難となっている会社から事業や株式の譲渡などにより事業を承継する場合。
- b)会社が株主から自社株式や事業用資産を買い取る場合。
- c)後継者である個人事業主が事業用資産を買い取る場合。
- d)経営承継円滑化法に基づく認定を受けた会社の代表者個人が自社株式や事業用資産の買い取りや相続税や贈与税の納税などを行う場合。
融資の条件は以下の通りです。
- a)融資限度額
- 7億2千万円(うち運転資金4億8千万円)
- b)融資利率
- 融資期間5年の場合、通常1.11%の基準利率が適用されるところ0.71%の特別利率(借入金額や経営者の年齢等で利率は変化する可能性があります。)
- c)返済期間
- 設備資金:20年以内
運転資金:7年以内 - d)担保・保証人等
- 担保設定や保証人の有無、担保の種類などについては相談のうえ決定。
②信用保証枠拡大
経営承継円滑化法に基づく認定を受けた会社および個人事業主が事業承継に関する資金を金融機関から借り入れる場合、以下の図4のような信用保証協会の別枠が用意されています。
図4 信用保証協会 保証の別枠
上記のように通常の保証枠と同額の保証枠が拡大されるため、運転資金などで信用保証協会の保証枠を限度額まで使っている場合でも融資を受けられる可能性が広がります。ただし、会社の代表者個人は信用保証協会の保証対象ではありませんので、この点は注意が必要です。上記の低利融資や信用保証枠拡大以外にも金融支援の動きは広がっており、令和2年からは事業承継に焦点を当てた「経営者保証ガイドライン」の特則が運用される予定です。
3-3 事業承継税制
事業承継税制とは、経営承継円滑化法に基づく都道府県知事の認定のもと会社や個人事業の後継者が相続や贈与により取得した非上場株式等や事業用資産について相続税や贈与税の納税を猶予または免除する制度です。ここからは会社に適用される事業承継税制について、適用要件などを詳しく確認してみましょう。
①適用される会社の主な要件
- ・上場会社、風俗営業会社でないこと
- ・従業員が1人以上であること
- ・資産保有型会社等に該当しないこと
- ・以下の図5に当てはまる中小企業者であること
図5中小企業者の範囲
②先代経営者の主な要件
- ・会社の代表者であったこと。
- ・相続開始の直前または贈与の直前において現経営者と現経営者の親族などで総議決権数の過半数を保有しており、かつ、これらの者の中で筆頭株主であったこと。
- ・贈与時に代表者を退陣(有給役員として残ることは可)していること(贈与税のみの要件)。
③後継者の主な要件
- ・相続開始時または贈与時において後継者と後継者の親族などで総議決権数の過半数を保有し、かつ、これらの者の中で筆頭株主であること(親族以外の後継者も対象)。
- ・相続開始の直前において役員であり、相続開始から5か月後に代表者であること(相続税のみの要件)。
- ・贈与時に20歳以上、贈与の直前において3年以上役員であり、かつ、代表者であること(贈与税のみの要件)。
上記の要件を満たした後継者が都道府県知事の認定を受け、認定書の写しと共に相続税や贈与税の申告書を提出すると申請手続きは完了です。これにより、後継者が取得した自社株式の80%部分の相続税の納税が猶予および免除されます。贈与税については後継者が取得した自社株式に対応する贈与税全額の納税が猶予および免除されます。
ただし、この税制の対象となる自社株式は、後継者が相続や贈与前から保有していた分も含めて発行済議決権株式総数の3分の2までしか認められない点には注意が必要です。また、納税猶予が開始となっても以下のように関係各所へ年に1回報告書などの提出が必要になります。
- ・都道府県庁へ年に1回「年次報告書」を提出
- ・税務署へ年に1回「継続届出書」を提出(申告期限後5年を経過した年から3年に1回)
以上が事業承継税制の概要です。ただし、ここまで説明した事業承継税制はあくまで原則的な一般措置の話になります。実は、平成30年度の税制改正でこの事業承継税制について10年間の期限を定めた特別措置が創設され、先ほど説明した相続税の納税猶予割合は80%から100%に引き上げられ、限度となる株式総数(最大3分の2)の撤廃が実施されています。
図6 特例措置と一般措置の比較
上記の図6は事業承継税制の特例措置と一般措置を比較した表です。特例措置では5年以内の特例承継計画の提出が必要になりますが、上述の通り対象株数や納税猶予割合が有利になります。また、承継パターンや雇用確保要件が随分と緩和されており、親族以外の20歳以上の者への贈与にも適用可能です。特例措置は10年間の限られた期間での措置となりますが、期間中は恩恵の大きい特例措置で事業承継税制を活用した方が有利なることは間違いありません。
3-4 事業引継ぎ支援センター
事業引継ぎ支援センターとは、親族や従業員への承継、M&Aなどの事業承継に関する幅広い相談を取り扱う公的機関です。まだ認知度は高くありませんが国の事業として認定された商工会議所や都道府県センターなどが支援機関として設置されており、中小企業庁所管のもとで支援活動が行われています。主な活動内容は後継者を探したい中小企業や個人事業主と事業を譲り受けたい企業とのマッチングを行う支援活動です。事業引継ぎ支援センターで行われている主な事業承継のサポートには以下のようなものがあります。
①民間のM&A仲介業者や金融機関の紹介
事業引継ぎ支援センターに登録された民間のM&A仲介業者や金融機関などの登録支援機関を紹介してもらえます。登録支援機関は株式譲渡や事業譲渡などの譲受企業を紹介するだけでなくマッチングや譲渡契約成立までを一貫してサポートしてくれます。
②事業引継ぎ支援センターが直接コーディネート
事業引継ぎ支援センターが中小企業の依頼に応じて事業承継の進め方のアドバイスや譲渡先の紹介、譲渡条件等のすり合わせなどをトータルでサポートしてくれる支援方法です。各種書類の作成などにおいては必要な専門家の紹介も依頼することができます。
③後継者人材バンクを活用
事業引継ぎ支援センターと商工会議所などの支援機関が連携し、後継者不在の企業と起業を希望する人材とのマッチングを行ってくれる支援方法です。後継者人材バンクは後継者問題を抱えた中小企業を支援する目的で事業引継ぎ支援センター内に設置されており、後継ぎを探したい事業者は簡単に登録が行えるようになっています。
このように、経営承継円滑化法以外でも手厚い事業承継支援が整いつつあります。
4 後継者不足・事業承継対策
ここまで後継者不足の問題や公的支援などについて長々と説明してきましたが、これは現在の後継者不足や事業承継の問題が深刻な状況であることを把握していただくためです。まずは、後継者不足などの問題を正しく理解し、事業者自身が危機感を持って早い段階から事業承継対策を行うことが最も重要になります。ここからは後継者不足や事業承継の問題をどのように解決するか、具体的な対策について段階を追いながら確認してみましょう。
①現状の把握と後継者候補・承継先の選定
事業承継対策を行う際、最初に手を付けなければならないことは事業の現状を把握することです。事業の将来性や将来的なキャッシュフロー、知的財産などを正確に把握してから事業承継できる後継者候補や承継先を選定します。後継者候補や承継先の検討に際しては、どのような人や企業に事業を引き継いでほしいかを優先的に考えることが重要です。
例えば、従業員や取引先のために企業風土を重視して事業を承継してほしい場合は、これらを理解している親族や従業員が現実的な後継者候補となります。一方で、このままでは事業の先行きが見えないため新しい経営手法を取り込みたいと考えている場合には現在の事業とは無関係な外部の人材や新しい経営者に買収してもらうM&Aなどが現実的な方法です。このように、幅広い候補の中から事業承継にふさわしい後継者候補や承継先の選定を行う作業が重要になります。
②承継方法の検討と問題点の洗い出し
後継者候補が決まると事業承継の方法は自ずと限られてきます。そのため、具体的にどのような方法で事業を承継するか検討した上で問題点を洗い出す作業が必要です。例えば、子供に事業を承継する場合は生前贈与する株式などの贈与税が問題となりますが、これは事業承継税制などの公的支援を活用することで対応することができます。役員や従業員へ承継する場合も金融支援や事業承継税制の特例措置を活用することで対応は可能です。
また、外部の企業に譲渡する方法を選択した場合でも、事業引継ぎ支援センターや民間のM&A仲介事業者などに相談して事前に対策を行うことができます。このように、承継方法の検討と問題点をあらかじめ洗い出しておくことにより早い段階から事業承継対策を行うことができるようになります。
③事業承継に向けた取り組み
事業承継方法と問題点の洗い出しが終わったら事業承継計画を作成し、具体的な事業承継に向けた取り組みを中長期的に行うことが重要です。例えば、親族や従業員などを後継者候補とする場合はいつ株式や事業用資産を譲渡するかなどの具体的な時期を定めた計画を策定しなければなりません。経営者になるための教育にも長期的な計画で時間をかけて取り組むことが必要です。
また、債務の圧縮や企業価値を高めるという取り組みは思いついてもすぐにできることではありませんが、事業承継のタイミングに合わせて実行できると保証債務などの事業承継の問題をクリアできるだけでなく、M&Aによる譲渡価値を高めることにつながります。このような事業承継に向けた具体的な取り組みを作成した事業承継計画に則って進めることができれば将来の事業承継の問題に頭を悩ませることはなくなります。
5 人手不足にはどう立ち向かえばいい?
少子高齢化や働き方の多様化などの影響により、中小企業を中心に人手不足の問題が深刻化しています。人手不足が深刻化すると、業績の悪化や従業員の負担増加など、様々な悪影響が生じます。中小企業は日本国内の企業の大多数を占めるため、国にも悪影響が及ぶ可能性もあります。そこで、中小企業が人手不足にどう立ち向かうべきかを、現状や政府の支援策を交えつつ見ていきます。
6 人手不足の現状
まず初めに、中小企業基盤整備機構が平成29年に公表した「人手不足に関する中小企業への影響と対応状況」をもとに、人手不足の現状について解説します。なおこのアンケートは、平成29年3月16日から27日までの間に、1,067社から得られた回答をもとに作成されています。
6-1 人手不足を感じている企業の割合
1,067社のうち、人手不足を感じている中小企業は786社に上りました。このデータから、全体のおよそ73%の中小企業が人手不足を感じていることが判明しました。
また、人手不足を感じている中小企業のうち、19.7%(155社)がかなり深刻、33.1%(260社)が深刻であると回答しました。つまり、人手不足を感じている中小企業の半数以上が深刻な事態に陥っているとのことです。
6-2 人手不足の影響
人手不足を感じている中小企業は、果たして人手不足でどのような影響を受けているのでしょうか?
アンケート結果によると、人材不足を感じている中小企業の75.6%(594社)が「人材の採用が困難」という影響を感じていると回答しました。また、需要の増加に対応できないことによる売り上げの減少や、商品・サービスの質の低下を痛感している中小企業も少なくありません。
人手不足が深刻化すると、人材採用のみならず、業績やサービス・商品の品質面にも悪影響が及ぶと言えます。
6-3 現時点で中小企業が行なっている人手不足への対応策
中小機構は、人で不足を抱える中小企業に対して、現状行っている人手不足への対応策についてもアンケートをとりました。
そのアンケートによると、「従業員の多能工化・兼任化」が人手不足への対応策として最も多く挙げられました。また、業務の外注(アウトソーシング)や残業の増加、業務プロセスの改善・工夫などの対策を講じている中小企業が多いことも判明しました。
新しく人員を増やすというよりも、今現在社内にあるリソースで何とかしようとする姿勢が見て取れます。
6-4 人手不足を解消する上で中小企業が抱える課題
人手不足を解消する上で中小企業が抱える課題として最も多く挙げられたのが、「資金」(48%)でした。また、それと僅差で「業務効率化を実行できる人材がいない(46.2%)」という回答も多く寄せられました。
ただし業種別にみると、製造業や建設業、運輸業、小売業では「業務効率化を実行できる人材がいない」という回答が最も多く寄せられた一方で、情報通信業や卸売業、飲食・宿泊業、サービス業では「資金」という回答が最も多く寄せられました。
業種によって、人手不足を解決する上で障壁となっている課題は異なることが見て取れます。
7 人手不足に効果的な対策とは
では一体、人手不足を解消するためには、どのような対策を講じるべきなのでしょうか?今回は、中小企業の人手不足問題に効果的な対策を10個ご紹介します。
7-1 職場環境の改善
会社で働く労働者は、少しでも良い環境で働きたいと考えています。残業が多かったりしっかり仕事を教えてもらえないような職場環境だと、すぐに転職してしまい中々人材が定着しません。職場環境の悪さがウワサになって、入社を希望する人が減るおそれもあります。
人手不足を解消したいと思ったら、まずは最優先で職場環境の改善に取り組むのが大事です。残業時間を減らしたり、スキルをしっかり身に付けることができる仕組みを整え、従業員が働きやすい環境を提供しましょう。
7-2 報酬体系の見直し
職場環境と同じくらい従業員にとって重要なのが報酬体系です。年功序列など、努力や仕事の成果が正当に評価されない企業には、優秀な人材は集まってくれません。
仕事の成果や努力を年齢や階級に関係なく評価し、対価として見合う報酬を支払う仕組みを構築すれば、人手不足の解消につながります。また、従業員一人一人が自分の報酬に納得できるように、報酬を算出する基準をしっかり示すことも重要です。
7-3 福利厚生の充実
中小企業の人手不足に効果的な対策として次にご紹介するのが、福利厚生の充実です。福利厚生とは、介護保険や雇用保険といった法律で決まっているものから、家賃手当や休暇制度なども含みます。
大企業と比べて中小企業は、福利厚生の面で劣っている傾向があります。そこで従業員のニーズに適した福利厚生の制度を充実すれば、人手不足を解消できる可能性が高くなります。
7-4 従業員の多能工化
ここまでは効果の高い対策法をご紹介しましたが、経営資源が不足している中小企業にとって、報酬体系や福利厚生を改善するのは難しいのが現状です。
そこで多くの中小企業が取り組んでいるのが「従業員の多能工化」です。多能工とは、一人で複数の業務を行える従業員です。複数の仕事を一人でこなせる従業員を増やすことができれば、人手不足をカバーできるわけです。
ただし従業員にとっては、本業とは異なる業務を身につけるモチベーションやその見返りが重要です。頑張って複数の業務をできるようになっても、それに見合う報酬(ボーナスや昇進など)がなければ、多能工になるメリットがありません。
ただ多能工化しただけでは、一時的には人手不足を解消できても、見返りを期待していた従業員が転職したりすることで、かえって人手不足が深刻化する可能性もあるので注意です。
7-5 業務プロセスの改善
次にご紹介する人手不足の対策法は、業務プロセスの改善です。業務を行う順番を変えたり不必要な作業を削減することで、業務に費やす時間や労力を削減でき、人手不足をカバーできます。
報酬や福利厚生を変える方法とは違い、お金をあまりかけずに行うことができます。また、多能工化と比べて従業員のモチベーション低下などのリスクも小さいため、かなりコスパの良い人手不足の対策方法です。
ただし業務プロセスがすでに最適化されている場合は、この方法を活用することができません。また、人手不足が深刻化している場合は、業務プロセスの改善だけではカバーしきれない可能性もあります。
7-6 アウトソーシングの活用
アウトソーシングの活用も、中小企業の人手不足を解消する方法として非常に効果的です。アウトソーシングとは、会社内で行なっている業務を外部の業者に委託する手法です。アウトソーシングを行えば自社で行う業務量を減らせるため、人手不足でも業務量(売り上げ)を減らさずにすみます。
ただしアウトソーシングする以上、外部業者に対して手数料を支払う必要があります。専門的な業務や複雑な業務の場合、かなり高額な費用がかかることもあります。ただし簡単な作業であれば、クラウドソーシングなどを使って安い費用で外注できます。
7-7 ITシステムの導入
7つ目にご紹介するのは、ITシステムの導入です。メールの送信を自動化するツールや、データの分析をワンクリックで行えるツールなど、ITシステムにはさまざまなものがあります。
こうしたITシステムを適材適所で導入することで、業務に費やす労力や時間の削減となり、人手不足をカバーできます。
7-8 採用活動の多角化
色々な採用方法を試してみると、人材不足を解消できることもあります。
多くの中小企業は、求人雑誌や自社サイトなどの一般的で限られた採用方法しか活用していません。しかし世の中には、リファラル採用やSNSを用いた方法など、さまざまな採用手段があります。
あらゆる方法を試すことで、これまでとは異なる人材にアプローチできるようになり、結果的により多くの人材を採用できるかもしれません。
7-9 企業イメージの向上・ブランディング
企業のイメージやブランド力を向上させることに成功すれば、従来よりも多くの人材が自社の人材募集に応募するようになる可能性があります。
イメージやブランド力の向上に関しては、SNSや自社HPでの情報発信などが効果的です。また地域の情報誌に取り上げてもらったり、お祭りなどのイベントに積極的に参加するのも一つの選択肢です。
7-10 政府の支援策活用
自力で人手不足を解消するのが難しかったら、政府が行っている支援策を活用すると良いでしょう。助成金や求職者とのマッチング支援を行なっているので、自社の現状に応じて使い分けることができます。具体的な支援策については、次の章で解説します。
8 政府の支援策
冒頭でもお伝えした通り、中小企業の人手不足は深刻化しています。そのため、企業のみならず政府も人手不足の解消に取り組んでいます。具体的には、政府は下記5つの支援策を実施しています。
8-1 求人企業と求職者のマッチング支援
よくご存知の方も多いでしょうが、国の公的機関であるハローワークでは、全国550以上ある窓口で求人企業と求職者のマッチング支援を行なっています。
求人企業は、その企業の求人条件に適した適性や能力を持つ求職者を紹介してもらえます。また、必要に応じて応募者を増やすことができる求人条件の設定方法などもアドバイスしてもらえます。
8-2 助成金の支給
政府では、労働者の労働環境の改善を図る中小企業に対して、さまざまな助成金を支給しています。たとえば生産性を高めながら労働時間の短縮等に取り組んでいる中小企業は、「時間外労働等改善助成金」を支給してもらえます。
助成金を使えば、採用活動に本腰を入れたり、より優秀な人材を獲得するのに役に立ちます。それだけでなく、労働環境を改善すれば働きたいと思う労働者が増えるので一石二鳥です。
8-3 人材の能力開発
そもそも人手不足は、100%中小企業に問題があるとは限りません。高度な技術やスキルを要するビジネスだと、業務を担えるだけの人材がいないこともあります。
そこで政府では、従業員のスキル向上を目指す中小企業を多方面から支援しています。たとえば、厚生労働省令で定める基準に適合して行う職業訓練であれば、訓練経費の一部について補助金を受けられる可能性があります。
8-4 相談支援
前述した通り、職場環境の改善は人手不足を解消する手段として非常に有効です。しかし中には、どのようにして職場環境を改善すべきか分からないという中小企業も少なくありません。
そこで各都道府県の労働局では、「働き方・休みかた改善コンサルタント」による、労働時間の改善などに関する相談を無料で行なっています。また、高年齢者雇用に関する相談なども行なっています。
こうした相談支援を受けることで、より魅力的な職場作りを行えるため、結果的に人手不足の解消につながります。
8-5 ポータルサイトによる情報提供
相談支援に関連しますが、政府では職場環境の改善に役立つ情報を掲載するポータルサイトを運営しています。具体的には、働き方や休み方の改善方法や、仕事と家庭の両立に役立つ情報などを知ることができます。
こうした情報を知ることで、人手不足の解消につながるヒントを得られるでしょう。人手不足を解消する方法はさまざまありますが、どの施策が効果的かは企業ごとに異なります。人手不足に悩んでいる中小企業の方は、ぜひこの記事でご紹介した対処法の中から最適な対策法を見つけ出して実践してみてください。
9 まとめ
後継者不足や人手不足に悩む中小企業は多く、事業承継を断念して廃業の決断を行うケースも少なくありません。しかし、この後継者不足という問題は社会環境だけにその責任を求めても解決しない問題です。まずは、現在の後継者不足の問題を正しく把握し、事業承継の方法や公的支援などを理解した上で早期の対策を行うことがこれらの問題の打開策につながります。企業内で解決できない場合は外部の公的支援機関や民間のM&A仲介事業者などを活用することも可能です。なるべく広い視野を持ってこの問題に取り組む姿勢が大事になります。